2009足跡を辿る旅スタート

2009🌎@THAILAND

空港に着いてまず確認することは

ケータイの電波がしっかり “入らないようになっているか” どうか

海外ではケータイを使わないようにするのが基本であり、むしろ持って行かない方がいいのではないか。とさえ思っていた

 

そして、街への行き方や地図を調達することが最初のミッション



 

私たちの足跡を辿る旅の旅方法は “残された写真” 

それが私たちの目的地への唯一の手がかり

 

そして得た情報から最初に向かったのは、

Khao San road(カオサン通り)

当時世界中のコアなバックパッカーが集まるバックパッカーの聖地と呼ばれていた

今(2018年現在)と大きく違うのは,欧米人の数、現在のようにきらびやかな装飾のある店は少なく、どちらかというと汚い安宿の集まる通りのイメージ

この通りを拠点に各方面へのバスのチケット販売の店が多く立ち並んでいたために、情報収集のため多くのバックパッカーが集まっていた

 

そして、次に汗だくになって必死に探すのが 宿

(2009年レートで1バーツ=2.8円)

 

この時期のタイは年間を通しても特に暑い時期で、夕方になると雨も多く降り、町に溜まった水たまりを避けて通ることは難しく、足首まで水に浸かってじゃぶじゃぶ道を歩き、今夜休む宿を1時間程度歩いて探すのも珍しくない

 

何もしていなくてもじんわりと汗が伝っていく感覚が背中から感じられる、ジメジメした暑さであります

 

当時箱入り潔癖だった私が体験した人生初のバックパッカー旅としては衝撃だらけだった

 

 

1泊100バーツ(280円)

部屋には窓はないし

つきもしない扇風機がぶら下がっていて

コンセントもない

トイレシャワーは共同で

なんなら家のトイレくらいの大きさなのに無理やりシャワーつけた感じの狭さで

もちろんバスタブなんてないしお湯も出ない

トイレは自分でバケツに水を汲んで流したり



 

当時の宿を選びであったら良いな💡のオプションはパソコンスペースがあること

 

人がいっぱいいるネットスペースでは席が空くのも順番待ちで、15分で◯バーツ的な感じで提供されているのが普通

そしてまずやらなきゃいけないのはそのPCの言語設定で、表示がタイ語だったりするから、日本語はないにしても、英語にしたり、入力言語の設定を探したりすることが最初の15分〜30分を要していた

 

そんなんだったから、ネットをする時間は最低限で後は暑さとの戦いに勝って寝るだけであります

 

旅人同士の出合頭の連絡先交換に関しては、LINEではなくhotmailのアドレスを紙の切れ端に書いて渡すこと

いつ連絡をもらえるかはわからないし、情報も欲しい時にもらえるとは限らないんだけど、それが普通のやり方だった

 

 

この日はあっちゃんが以前タイに来た時出会ったというチャウという友達が遥々10時間近くかけてバンコクに来てくれてあっちゃん再会し、再会早々、可愛らしい指輪らしき物をプレゼントしていた。そして、それを笑顔で華麗に流すあっちゃん….

 

!(◎_◎;)モテる女っていうのはどこの国でもモテるんだな…..

 

 

そんな10時間もかけて会いに来ちゃう、恋する男の顔を横目でがっつり目に焼き付けたerianneであった….笑

 

 

 

 

友人の残した写真に写っていたヘアバンドをカオサンで見つけ、腕に巻き、その友人のバックパックを背負い、次の目的地を目指すのであります

 

 

 

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私が悪い顔してニヤけます。それをおかずにご飯食べます。そーゆーやつです。



投稿者: 0eria0

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